前:年越し宗谷2017 往路2

5日目
2016年12月29日 07時30分 <旭川 快活クラブ>

快活クラブ前 NS50Fと

 名状しがたいNS50Fがそこに居た。聞くところによると海外から輸入したインジェクターとフルコンで燃調をとって走っているようだ。-9℃でも一発始動だと言う。


まぜのっけ定食
我々の一日はすき家から始まる。圧倒的コストパーフォーマンスには抗えない。




2016年12月29日 10時55分 <国道40号 名寄市街手前>

魅惑の緑看板
「禁断の緑看板」

 この日はこの旅が始まって以来の快走で、この時点で既に70kmを走破した。だが忘れてはならない、我々の原動機は僅か109ccしか無いことを。チクショウ。




2016年12月29日 12時20分 <国道40号 道の駅・びふか>

国道40号線
道の駅・びふか

 旭川より北は、基本的にはきれいな圧雪路面に新雪がちょっと積もった感じだ。つまり非常に走りやすい。そのおかげかフロントを立てたままリーンイン気味にリアを滑らせて走る技術が身に付いてきたようだ。
北海道のワインディングはかなり緩やかなのが多いからカウンターステアを切るような場面はあまりない。もっとも、限界まで攻めた走りをするのならそれくらいの技術は必要なのだろう。しかし俺はそこまで上手くない。

この付近でのアベレージは70km/hくらいか。速度を出したほうが路面のギャップに対するふらつきを抑えることができるようだ。

・・・良い子のみんなはサスとタイヤがちゃんとしたバイクに乗ろうね。
かっちり整備してもカブサイズ(2.25 or 2.50 or 2.75 -17)はキツイ。


5日目昼飯2台のJA07
軽い昼食を取っているとじゅえる氏が来た。
自分より先に行っていると思ったが、どうやらJRのラッセル車を追っていたようだ。




2016年12月29日 15時35分 <国道40号 道道972号線交差点付近>

転倒(3回目くらい?)

 たぶん・・・この場所だったと思う。気づいたときにはもう遅い。色々諦めて「なんて気持ちいいんだろう」って思いながら空を見て滑っていた。

サー ===(ノ´Д`)ノ

ボスッ =(ノ|(雪)


雪だらけの後輪滑走痕
おぅ・・・生きてる・・・!!
滑走痕がすげえ・・・


回路がむき出しになったシガーソケット
シガソケ、まだ生きてるってよ。

フロントスリップで一瞬だった。




2016年12月29日 16時35分 <国道40号 稚内市街手前>


国道40号 稚内手前

 冬の北海道の夜は16時を過ぎるともう闇の中だ。稚内で北緯45.401611度、京都府舞鶴市で北緯35.441528だから地元と約10度違う。こうして部屋の中に引きこもっているだけでは感じ得ない事実を、また一つ学習した。

そういえば稚内手前の国道40号は道路の端を示すのに朱や緑のLED?が使われていた。これは所謂矢羽根、スノーポールとは違って、路面に直接光を投射しているようだ。上の写真にもちょっとだけ写っている。




2016年12月29日 17時05分 <稚内 北防波堤ドーム>

真冬の北防波堤ドーム

 ついに・・・ついに最北の都市にたどり着いた・・・・・・。
思えば北海道に入ってから5日も経っている。本当に、本当に長い道のりだった。




2016年12月29日 17時40分 <稚内 稚内温泉・童夢>

何はともあれ風呂だ。オスパで入って以来3日くらい入っていない。臭い。
この年の夏に入った『稚内温泉・童夢』へ向かう。別段特別な温泉ではないが、最北の温泉ということもあり最果ての気分が味わえるのだ。

稚内温泉・童夢 館内
童夢館内

館内に入り東京靴流通センターで購入した3000円のブーツを脱ぎ、入浴の手続きをして階段で2階へ上がる。この温泉は利尻に沈む夕日を眺められることを売りにしているからか、浴槽は2階に位置する。

いつもの行程を2回繰り返して身体を洗い(汗や老廃物のせいで泡立ちが悪いのだ)、内湯に浸かる。あぁ、ミサトさんが言っている言葉の通りだ。「風呂は命の洗濯」だ。

 この日の道中じゅえる氏と話していたとき、音威子府付近でビバークするか稚内まで走ってみるかという話になった。新車両ということもあり技術面で圧倒的に劣る自分が稚内にたどり着いたのだからじゅえる氏も来るだろう。一応Twitterで現在地を教えておくと、「来る」との連絡があった。温泉に入って気長に待とう。




2016年12月29日 21時10分 <稚内 稚内温泉・童夢2階>

 そういや夏のときは露天風呂でNSRのわっきーを待っていたなぁ・・・と思いを馳せながら露天風呂への扉を開く。しかしそこには露天風呂は存在せず、氷点下の石の塊が埋め込まれているだけだった。クソ寒い。

ガラナで・・・!

 結局じゅえる氏が何時に来たのかは覚えては居ないが、3時間以上浴室と脱衣所を行ったり来たりしていたような気がする。完全な不審者がそこには居た。
のぼせきった我々は最後の力で虚空を眺めながら自販機でガラナを購入する。暗号電文(SSL、Twitter)「北の地にて飲み交わすべし」は達成された。


童夢駐輪場
「童夢」駐輪場にて。


無事カエルくんサブライトに照らされる無事カエルくん
我々のサブライトに無事カエルくんも迷惑そうだ。




2016年12月29日 22時10分 <稚内 市街>

ノシャップ岬付近の道前を走るじゅえる氏

 稚内市街は走りやすかった。果たして最北の都市に吹く海風がそうさせるのか、人口が少なく圧雪になりにくいからか。

しかし今の我々にはそんなことはどうでもいい。とにかく飯だ。昼飯もまともに取ってないしもう22時を回っている。


稚内 ビクトリア冷凍食品を持つBIG BOY
「ビクトリア」

すき家にしようかと思ったがせっかくなのでファミレスで肉でも食おう、とビクトリアに決定した。
ビッグボーイ君は冷凍食品を我々に出す気だろうか。


肉!肉!!肉!!!
「炭焼きレストランさわやか」を思い出す。





2016年12月29日 25時35分 <稚内 北防波堤ドーム>

北防波堤ドームに張るムーンライト2型

 北防波堤ドームにモンベル・ムーンライト2型を設営する。画像奥に一張のテントがあるが、どうやらそれ以外には見当たらない。
疲労と眠気にさいなまれながらも僅か2分ほどで設営できるのはムーンライトの特権か。果たして宗谷の風に耐えうるのかは少しばかりの疑問が残るが、疲弊した今の我々にはありがたい。


テント内に二枚並べられたシュラフ

一つのテントにシュラフが2枚あるのには理由がある。じゅえる氏は夏用のメッシュテントでこの大地に足を踏み入れてしまったのだ。
方や夏用シュラフ、方や夏用テント。聡明な諸兄らには決して真似をしないようにお願いしたい。






6日目
2016年12月30日 08時00分 <稚内 北防波堤ドーム>

北防波堤ドームの朝

 8時に目が覚める。隣のヤツはまだ寝ているようだ。
シュラフの中身を起こさないように心がけながら外へ出る。今日は比較的暖かい。


海上保安庁巡視船・りしり

この地には昔、稚内桟橋駅という鉄道駅があった。
稚内と南樺太間を走る船がこの桟橋より行き来しており、現稚内駅とこの桟橋をつなぐための路線が通っていたということだ。
しかし今は線路は存在せず、また桟橋には海上保安庁の船舶が停泊している。北防波堤ドームはこのような線路や船舶を守るために建てられたものなのだ。


テントから顔を出すじゅえる氏

おっ?能書きはいいから早く飯って??
いいぜ!とっとと準備だ!!


奥に見えるのはテントGIOS?のバイセコー

そういや昨日のテントの主はなんと自転車乗りだった。はえ~すっごい。
流石にマウンテンとかだと思ったらロードバイクだ。スパイクが打ってあり、乗っている人は「汗をかくことが辛い」と言っていた。




2016年12月30日 10時20分 <稚内 最北のマクドナルド>

最北のマクドナルド

 最北のマクドナルドには「日本最北端店舗」を示す銀ピカのモニュメントと雪にも夏の暑さにも負けないドナルド様が鎮座されている。旅人は皆、この最北の教祖様を拝むために稚内を目指すのだ。


教祖様1教祖様2
「教祖様、ご戯れ遊ばせる。」




朝マック

さあ朝マックや。関西人はマクドナルドのことを「マクド」と言うが朝マックは「朝マクド」と言わない気がする。語感が悪い。ちなみに俺は中部地方に住んでいる。




2016年12月30日 11時40分 <国道238号>

宗谷岬まで24km

 さぁ、ここからが本当のラスト・アタックだ。
宗谷の風は相変わらず強いが空は穏やかで、まるで俺たちの到達を祝福してくれているようだ。

体調、気分、テンション。大丈夫だ、絶好調。


宗谷岬への道1

宗谷への道2

あまりにも爽快な道なのでちょくちょく立ち止まって風を感じる。バイクの上で感じる風と立ち止まったときに感じる風は、同じ風でも全く違った表情をみせるのだ。うーん、なんと気持ちがいいことか。
じゅえる氏も立ち止まって写真を撮っている。


宗谷岬の看板
ついに宗谷岬の看板を捉える。


遠くに宗谷岬のモニュメントが見える
もう、ゴールは見えた。




2016年12月30日 12時25分 <宗谷岬>

 宗谷国道の最後の緩やかな右カーブを抜け、左手の駐車場に入る。
遮るものは何もない―――、三角の形をした白い石が、奥にポツンと立っている。



 雨はなく、雪もなく、吹き付ける強い北風と遠くに見える他国の島。
我々バイク乗りを魅了し数々のツーリストが愛した日本のノース・ピークは、この時もただ俺の胸のを熱く焦がした。

12月30日12時25分、宗谷の地に降り立つ。




2016年12月30日 同時刻 <宗谷岬>


 写真撮影をした後再び駐車場に戻ってきて、先にテントを立てることに決めた。本当ならもう1日後に到着する予定だったが、昨日旭川から270km程激走してしまったせいで2日ほど暇になってしまったのだ。しかし驚いたことに、既に我々よりも先に到着してテントを張っている方がいるではないか!



話によると何回も年越し宗谷アタックを経験している方で、テントもザイルを巧みに使って強固に固定してある。恐るべし経験者!!
助言をいただきながらムーンライトの設営をしてゆくが、いくら設営が簡単なムーンライトといえどこの強風の中に立てるのは一苦労だった。風で煽られて何度も地面から離れるし標準で付属しているアルミのペグは上手く地面に刺さらない。しまいにはペグがグンニャリと曲がってしまいハンマーで叩き直してまっすぐに伸ばして埋め、周辺の雪に水をかけて固めて固定した。
また、テントの底に風が入ってきて飛ばされるおそれがあるため、テントのまわりを雪で盛った。先の方にスコップを貸していただいたのだが、たとえプラスチック製のものであっても一本あると良いかもしれない。

じゅえる氏はこれまでのこともあって寝床をともにすることになった。




2016年12月30日 15:30 <宗谷 最北のガソリンスタンド>



 段々天気が悪くなってきた。
ひとまず最北のガソリンスタンドで給油を。今夏以来、2回目だ。

食料調達と2日くらい前に別れた仲間たちの安否を確認するため稚内へ向かう。
じゅえる氏とはランデブーしない。あくまでも『個人のペースで』が我々のモットーだ。(勿論例外はある。)



238号を60km/hちょっとで巡航していたとき、とびきり強い風がいきなりふいた。
進路が30度くらい左に曲げられ、復帰するにも車体を傾けるとグリップが失われる。とてもじゃないがハンドリングだけで元に戻せるような生半可な風じゃない。前方には歩道の縁石が迫り、「(はぁ、また地面とキッスか)」と思いながら俺は吹っ飛んだ。

うーん身体のダメージはまるきり無いんだけれど、いつまでたっても転けた後の精神的な落ち込みには慣れないねぇ。
あとで考えてみたけど、この場面ではリアフルブレーキでスライドしながら復帰するのが正解なのかもしれない。




2016年12月30日 16:20 <稚内 みどり湯>

 みどり湯は稚内市内の大黒3丁目の信号を左折し道道106号オロロンラインへ入ってすぐのところにある銭湯兼ゲストハウス兼ライダーハウスだ。どうやら冬は銭湯とゲストハウスだけの運用のようだ。


れんくん、のっつー、Tataraflyさん(深川GSのリトル)、しんやさん(じゅえる氏たちが行きのフェリーで一緒になったらしい)のバイクが有るがはらちゃんのバイクは無い...
なんかパンクしたらしいとじゅえる氏が言っていたような気がするが大丈夫だろうか。と言うかみどり湯の中に誰もいないや。まあいいか。



その後我々はセイコーマートで夕食をとり、再び来た道を戻って宗谷岬へ走る。




2016年12月30日 18:30  <宗谷岬>


雪が吹き付ける。
2016年最後の日を後1日残してこの地には5人の旅人が集まった。

リトルカブ AA01型が2台、スーパーカブ110 JA07型が2台、後は確か緑色STDのスーパーカブが一台。これは一番乗りのおじさんのカブだ。

しかしテントの数が釣り合わないなぁ...6張あるけど人間は5人しかいない(=‐ω‐=)
Tataraflyさん、しんやさんとは無事に合流できた。



気温は比較的高くて風がすごく強い。
20時でだいたい-3.0℃くらい。北よりの西風で、気象庁によると最大瞬間風速は18.1m/s。
気を抜くとフラッと後ろに吹き飛ばされる感覚があり、顔が痛い。




撮影会をしてトイレで暖をとって就寝。






7日目
2016年12月31日 10時00分 <宗谷岬>

 2017年も残すところあと数時間になってしまった。
しかし我々は前日に到着しているので、たっぷり寝るのだ。今頃みんな、こちらを目指して走っている。

どうやら我々が寝ている間にご到着のようです。


旭川でお会いした名状しがたいNS50F氏。
宗谷岬に着くとともにおもむろに燃調を取り出した...これは名状しがたい。


宗谷岬は比較的温かい。
でも葛根湯(液体)を飲もうとしたらこの状態だ。


さて、本日の我々の予定は道北観光である。
宗谷岬を起点として宗谷岬に帰還する、ある種日帰りツーリングだ。
一日走って同じ場所に戻ってくるのだから日帰りでなければなんなのか。そうだ、誰がなんと言おうと、これは日帰りツーリングなのだ・・・。




2016年12月31日 11時半-13時  <稚内市街>


 ゆっくりと起きて、ゆっくりと準備して、お昼前に稚内市内でメシヤ(飯屋)を探すもなかなかいい場所がない。
海鮮系のお店を見つけ、店前のメニューを見ると案の定高かった。



うどんすらも高いね、なんて話しながら行ったり来たりした。
JR最北の駅内のセコマで飯にしようかと思ったがホットシェフがなかった。



結局セコマになりました。



ムシャコラモグモグしてたら古いタイプのカブがやってきた。
C70、フルピンスパイクのハムちゃん氏だ。仲良くなった。

しかし、、、食べ終わるまでに飯が冷える。
毎度のことだけども。




2016年12月31日   <道道106オロロンライン上>



この日の我々には目標がある。
宗谷岬 - 宗谷岬のツーリングだ。


 

南稚内駅の近くにある踏切をわたり、みどり湯の前から道道106号線を進む。
事前にじゅえる氏とはオロロン方面へ適当にーと話しており、アザラシと抜海駅、そしてオロロンラインのハイライトであるオトンルイ発電所まで行ければ、という感じだ。

最初、抜海の港に着き、30分ほどアザラシを探し回ったが、残念ながら目につく哺乳類は自分だけだった。




しばらくしてじゅえる氏がやってきて、記念撮影をして、今度はランデヴー気味に抜海駅を目指す。




2016年12月31日  14:30 <抜海駅>



抜海港から道を間違えながら再び北進して、丘陵地帯への坂を登る。
しばらく直進し、大きくカーブしたところで左の道へと進路を取ると駅舎が見えてくる。


 

 

この抜海駅はこの年の夏に北海道へ来たときにも立ち寄った。
ツーリングマップルを眺めていたときに、なんとなく行ってみたくなったのだ。
その時は背の高い草が生い茂り、潮と草の香りの中ひっそりと佇んでいた駅に、なんとも言えない夏らしさを感じたものだった。

そのため、この駅が最北の無人鉄道駅舎だと知ったのはずいぶん後になる。




宗谷本線のラッセルを見送って、次の目的地へと走る。




2016年12月31日  15:55 <オトンルイ風力発電所>



北海道に来たライダーの殆どが、石狩か留萌のあたりからオロロンラインを走ったことがあるのではないだろうか。
変わらない景色、途中何度か通過する町や村、空につながる直線、サロベツの原野、そしてオトンルイの発電所とN45のモニュメント。

王道中の王道。

まさに、北海道。




2016年12月31日  15:55 <シェルター南方>


道道106最大のスノーシェルターの南方に、北緯45°のモニュメントがある。
夏に一度訪れているため、オトンルイとの位置関係は大まかに把握していたが、それでも素通りしてしまった。
それもそのはずで、普段は106を走れば絶対に目につく"N"が、今は背の高いカバーで隠されているのだ。

これは雪質がサラサラで地吹雪が起こりやすい北海道特有のもの。
全道で見られ、夏場は取り外してあるか、遮る板の部分が折り畳まれている。
名を、防雪柵と呼ぶ。


 

肝心の"N"はこんな感じだ。

じゅえる氏は自分より後を走っているはずなので、目印となるように黄色のフォグを炊いたまましばらく"N"と戯れていた。
2枚めの写真は16:30なので、いかに北海道の冬は日が短いかが分かると思う。




2016年12月31日  17:30過ぎ <稚内市>

 

ガソリンスタンドに滑り込み、すき家に行く。
開いている店が少ないのは気の所為ではなく、この日が2016年最後の日だからだろう。




お店に入ると、昨日みどり湯で会ったジムニーのおじさまが居たので、軽く話す。
2人共学生なのだが、年の瀬なんだからと奮発して、すき焼きの鍋を注文する。
すると、ジムニーのおじさんが退店したので、挨拶して鍋を待つ。

「お待たせしました~こちら牛すき鍋定食になります~」
「あの、お会計ですが先程のお客様が一緒にお支払いになられました」

!?
こんなかっこいいことって現実にあるのか!!!???




2016年12月31日  19:30 <宗谷岬>



帰り際、宗谷岬に最も近いセイコーマートで少しの飲み物と食糧を買う。
しばらくLED式矢羽根きらめく宗谷国道を北上し、テントの前にバイクを止めて、夜風に吹かれながら2016年の終わりを待つ。


 

 

 

今夜集まったバイクは60台ほどのようだ。
各自、工夫を施した愛車でやって来る。二輪二足で、熱い想いと共にやってくる。


 

ここに来れたことに、感謝を。
この場所でもう一度会えたことに、乾杯を。




何を想い、何に突き動かされて、60台のバイクと60人ものライダーはこの場所に来たのか。
タイヤを作り、アイシングの対策に四苦八苦し、自身の装備を揃え、積荷に迷い、多大な手間を掛けて、それでもなおこの過酷な大地を走るのはなぜ____

或る者は凍結したキーシリンダーをドライヤーで解凍し、或る者はチェーンが切れてこの大地を去ってゆく。
頼れるのは自分と装備とバイクだけで、頼りないのはその全て______




0時になろうとしていた。
仮眠をとっていた人たちがテントから顔をだし、もそもそと最北端モニュメントの前に集まる。




シュッと音がして、夜空にこじんまりとした花が咲く。
遅れて、新年を告げる音が響く。




旅人たちは歓喜し、肩を抱き合ったり、ハイタッチを交わしたりして、この場所で年を越した喜びを分かち合う。
そうこうしているうちに記念撮影が始まり、自分もOGKのヘルメットの中で上気したままフレームに収まった。



出典:宗谷岬年越し カウントダウン後の写真(2017年元旦) - 大志たことじゃないですが




半ば衝動的に、ここまで来た。


何を想いこの場所までやってくるのか。


人によって理由は様々だが、少なくともこの年の自分にとっては、それは結局、憧れだったんだと思う。